企画趣意書

サムライフェス in 南相馬

~高校生と紡ぎ織り成す、新たな伝統文化~

1.震災からサムライフェスまでの経緯

 2011 年の震災後、私たちの住む南相馬市は一時廃墟と化した。もちろん、本当の廃墟になったわけではない。人 も動物も暮らしていた。ただ、街の中から音が消えた。明かりが消えた。

 その後数年が経ち、一連の復旧・復興作業が進んだ。行政の努力の甲斐もあり、生活する上で必要な文化水準ま で街の文化は回復しつつある。

 そのなかで、実行委員の高校生は震災を伝えなければという使命感のもと、スタディーツアーを開催した。しか し、開催後、違和感が残った。なんとも言えない気持ちのまま反省会があった。その反省会の中で私たちはやっと その違和感の正体に気がついた。

 そこで、気がついたことが「もっと身近にやるべきことがあるのでは?」ということだった。その後、私たち高 校生は考えた。いろんなアイデアを出した。そこで、やっぱり「お祭りをしたい」という結論に至ったのである。

 そんななかで2011年から地元の子ども達のためのキャンプや留学を企画するNPO法人相馬リリーフ 311 の方々や熱い地元の大人の方々と出会い、今のサムライフェ スに至ったのである。

2.なぜサムライフェス?

 まず、私たちは、「観光産業」という視点から、この街のために何かできないか考えた。そこで、一番に思いつい たのが「相馬野馬追」であった。

 南相馬には素晴らしい伝統文化がある。相馬野馬追を中心とした「武士・馬文化」だ。その文化は、地域に深く 根付き、長いあいだ地元の人々の日常として親しまれてきた。 しかも、その文化は強かった。東日本大震災という未曾有の災害にも耐え抜いたのだ。相馬野馬追は震災のわず か翌年には復活を果たした。

 しかし、相馬野馬追が強い文化であるがゆえにその弊害もあった。

 相馬野馬追祭の由来は平将門の軍事訓練と言われ、1000 年以上の歴史がある。それと同時に、相馬野馬追祭は神 事だ。本来、歴代相馬家当主が、相馬の地を守るために続けて来た神事なのだ。そこに、観光客の付け入る隙はな い。地元の人にとって、相馬野馬追は本来、守る神事であって、観光する祭りではないのだ。観光客はかろうじて 観覧する。当たり前と言ってしまえば、当たり前なことである。

 ただ、私たちは、それをもったいないと考えた。もっと、この素晴らしい文化を人々に身近に知ってほしい。感 じて欲しかった。

 そこで、いわゆる「サムライ文化」を観光客に体験・体感してもらえるお祭りをつくる。そして、その運営の中 で、地域の高校生や大人たちが有機的に繋がり、「街のことを知り・街のことを想い・街に主体的に取り組む」仕組 みづくりをするために、サムライフェスを立ち上げることにした。

サムライフェス実行委員会 高校生実行委員一同